2026
02.24

“真ん中”に売るな|アジア市場の二極化が戦略設計を根本から変える

市場, 戦略, 戦略設計

2025年12月、Bain & CompanyとNielsenIQが共同で発表したレポートが、静かに波紋を広げている。

「アジア太平洋の民間消費は年率7%成長で2035年に36兆ドルに達し、北米を抜いて世界最大の消費市場になる」

この数字だけを見れば、アジアへの期待感は高まる一方だ。しかし同じレポートの別のページには、こんな数字も並んでいる。インドの成長率は2025年上半期に13.7%と急加速する一方、東南アジアは同期間に3.5%から1.8%へと鈍化。中国はオンライン主導で緩やかに回復。つまり「アジア」という一言の裏側で、市場はバラバラな方向に動いている。

アジア太平洋 主要市場の消費成長率(2025年上半期) 出典:Bain & Company / NielsenIQ「Asia-Pacific Consumer Products Report 2025」 0% 5% 10% 15% 13.7% インド 7.0% フィリピン 5.5% インドネシア 3.5% 中国 1.8% 東南アジア平均 ※ 東南アジア平均は前年同期3.5%から鈍化。インドのみ急加速。「アジア一括り」戦略の危うさを示す。 0% 5% 10% 15% 13.7% インド 7.0% フィリピン 5.5% インドネシア 3.5% 中国 1.8% 東南アジア平均 ※ 東南アジア平均は前年同期3.5%から鈍化。インドのみ急加速。「アジア一括り」戦略の危うさを示す。

ここに、私が現場で何度も突き当たってきた問いがある。

「アジアを一つの市場として扱っていないか」

そして、もう一つ。

「”真ん中”を狙っていないか」


1|「広く浅く」がなぜ生まれるのか

正直に言う。私自身、海外市場の初期フェーズで「広く浅くのターゲティング」をやった経験がある。

当時の判断を振り返ると、悪意はなかった。むしろ「慎重な選択」のつもりだった。ターゲットを絞りすぎてニーズを取りこぼすくらいなら、まず広く当てて反応を見よう。そういう論理だ。

だがこの判断には、見えにくい前提が埋まっている。「広く当てれば、どこかに刺さる」という期待だ。

実際には、そうはならなかった。施策を打つたびに結果は出る。しかしそれが誰に刺さったのか、なぜ刺さったのかが分からない。成果は積み上がっているように見えて、学習が積み上がっていない状態だった。第1回コラムで書いた「テストが知見にならない」という感覚と、これは根が同じだ。

ターゲットが曖昧なまま走ることは、リスク分散ではない。判断の先送りだ。


2|二極化市場では「真ん中」が最も刺さらない

Bain・NielsenIQのレポートはもう一つ、重要な構造を示している。

アジア太平洋の消費行動は「プレミアム化」と「コスト意識の高まり」に二極化しており、市場によってその向きが違う。インド・インドネシア・フィリピンではビューティや洗剤カテゴリーでプレミアム化が進む一方、消費者全体の43%は「非必需品への支出を削っている」と答えている。つまり同じ市場の中に、価値を求めてプレミアムに向かう層と、価格を理由に節約に向かう層が、同時に存在している。

この構造の中で「真ん中を狙う」戦略は、どちらの層にも届かない。

二極化市場における「真ん中」の危うさ PREMIUM 品質・ブランド・体験 ↑ 成長中 インド・インドネシア フィリピン VALUE 価格・利便性・コスパ ↓ 節約志向が強まる 中国・東南アジア DEAD ZONE “真ん中”を狙う戦略 どちらにも届かない 二極化が進む市場では、ターゲットの「選択」が戦略の核心になる。 中間を狙うことは、リスク分散ではなく「判断の回避」である。

プレミアム層には「安っぽい」と映り、節約層には「高すぎる」と判断される。価格帯も訴求も中途半端なポジションは、二極化した市場では最もエネルギーが分散するゾーンになる。

広く浅くのターゲティングが機能していた時代があったとすれば、それは市場が「中間層中心」で動いていたからだ。その前提が崩れた今、同じ戦略を使い続けることは、見えない地雷を踏み続けることに近い。


3|パートナーのズレが教えてくれた「現実」

もう一つ、忘れられない経験がある。

現地パートナーとの戦略のズレだ。私たちは「この層を狙う」と言っていた。パートナーは「そこじゃない」と言っていた。しかし当時の私には、そのズレの正体が分からなかった。パートナーの直感と私たちのデータが噛み合わず、会話はいつも微妙にすれ違っていた。

後から振り返ると、あのズレは「どちらが正しいか」ではなかった。パートナーは現場感覚で、市場の二極化を知っていた。消費者がどちらの極に向かっているかを、データではなく生活者として肌で感じていた。一方で私たちは、まだ「均質な市場」のイメージで動いていた。

現地パートナーの「感覚のズレ」は、多くの場合、戦略の欠陥を映す鏡だ。

あの頃の私に言えるとすれば、「パートナーが違和感を示した時、そこに問いを立てよ」ということになる。彼らの直感は往々にして、現地の消費構造を先取りしている。


4|ローカルブランドが多国籍企業を抜く理由

もう一つ、同レポートが示す示唆を取り上げたい。

東南アジアでは現在、ローカル・リージョナルブランドが多国籍企業のシェアを奪いつつある。その理由として挙げられているのは「価格の安さ」だけではない。流通の拡大スピード、現地ニーズへの迅速な対応、ローカライズされたイノベーションの速度だ。

これは「外資ブランドのハロー効果が薄れた」という話でもあるが、本質はもう少し深いところにある。

ローカルブランドは、どちらの極を狙うかを曖昧にしない。プレミアムで勝つなら徹底的にプレミアムで設計し、手頃な価格で勝つなら流通と原価を逆算して設計する。戦略の焦点がはっきりしているからこそ、動きが速い。

翻って、多くの日本企業はどうか。「品質は高い。価格も適正。幅広い層に届けたい。」この設計のまま海外市場に入ると、二極化した消費者の目には「どっちつかず」に映る。

品質の高さは武器だ。しかしその武器を、どちらの極に向けるかを決めない限り、刃は機能しない。


5|ターゲットは「絞る」のではなく「選ぶ」

「ターゲットを絞る」という言葉には、どこか損失感が漂う。可能性を削ぎ落とすイメージだ。だから経営者も担当者も、ターゲット設定の場面でどこか躊躇する。

私はこの言葉を「選ぶ」に置き換えた方がいいと思っている。

「絞る」は引き算の発想だ。「選ぶ」は意思決定の発想だ。同じ行為でも、頭の使い方がまったく違う。

二極化した市場において、ターゲット設定は「どちらの極で勝ちにいくか」という戦略の核心になる。これは市場の半分を捨てることではなく、どちらの戦場で戦うかを決めることだ。戦場を決めることで初めて、価格設計・流通・訴求・現地パートナーの選定まで、設計全体が一本の軸を持てる。

逆に言えば、ターゲットが曖昧なまま進む戦略は、戦場を決めていない軍に近い。エネルギーは分散し、学習は蓄積されず、成果は再現されない。

「どちらの極を選ぶか」
この問いに答えを出すことこそが、アジア市場への入口だと私は考えている。


6|残る教訓

アジア市場は大きい。2035年に北米を抜くという予測は、間違いなく現実の引力を持つ。しかし「大きな市場がある」ことと「そこで勝てる設計ができている」ことは、まったく別の話だ。

アジア主要市場 消費トレンド比較 市場 消費トレンド 二極化の方向 有効な戦略ポジション インド +13.7% 急成長・中間層拡大 ▲ プレミアム化が加速 プレミアム インドネシア +5.5% 成長継続・二極化進行 ▲ プレミアム化+節約層並存 どちらかに明確化必須 フィリピン +7.0% 若年層主導・成長加速 ▲ プレミアム志向が台頭 プレミアム 中国 +3.5% 回復基調・価格意識高 ▼ 価格二極化が鮮明 バリュー or 超プレミアム 東南アジア平均 +1.8%(鈍化) 全体として減速傾向 ▼ 非必需品支出削減 バリュー重視

現場を歩いてきた人間として、改めて言語化しておきたいことがある。

  • 「アジア」は一つの市場ではない。国や地域ごとに、二極化の方向も速度も違う
  • 「真ん中を狙う」戦略は、二極化市場では最もリスクが高い選択になる
  • 現地パートナーの違和感は、市場の構造変化を映していることが多い
  • ターゲット設定は「絞る」ではなく「選ぶ」。この違いが設計全体の質を変える

市場の成長を追いかけることと、市場の構造を読み切ることは別の能力だ。前者だけで動くと、成長の恩恵にあずかれないまま、コストだけが積み上がる。

どちらの極に賭けるか。その問いから逃げないことが、今のアジア戦略に求められている最初の一手だと思う。


参考:Bain & Company / NielsenIQ「Southeast Asia Consumer Products Report 2025」(2025年11月)、同「Asia-Pacific Consumer Products Report 2025」(2025年12月)

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